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「La pulpera de Santa Lucía」(サンタルシーアの雑貨屋の娘)
Letra : Héctor Blomberg (1890-1955)
Música : Enrique Maciel (1897-1962)
金髪で その娘の瞳は
その日一日の輝きを映していた
そして 小鳥*のように歌ったものだ
サンタルシーアの雑貨屋の娘
*calandria は鳥の名で“クロエリコウテンシ” 馴染みの無い名なので“小鳥”として置く
古いお客*の間では その娘は花のようだった
その娘を好きでないガウチョが居ただろうか?
幾つもの兵舎の兵隊たちも
雑貨屋に来て溜息をついたものだ
*parroquia は “教区教会” “教区の住民” だが “(集合的に)顧客・常連・得意先” の意がある
マソルケーロ*の吟遊詩人が語りかけた
甘いギターの呟きで
ジャスミンの匂う格子戸のなかで
マツリカ*の匂う中庭で
* mazorqueroマソルケーロはアルゼンチンの建国時代の独裁者ホアン・マヌエル・デ・ロサスJuan Manuel de Rosas (1793-1877 連邦主義派の指導者で、中央集権・統一国家に反対の立場を貫いた) の私兵・暗殺者集団La Mazorca の団員のことだが後にはRosasの信奉者・ファンの意にも用いられた
*diamela はgemela ともいう。茶に入れて香りをつけるマツリカ(茉莉花)
“心から貴女を愛します お嬢さん
いつか貴方は私のものになるのです
サンタルシーアの町の夜が
ギターの音色で埋まっている間に”
ラバージェの吟遊詩人が あの娘を連れて去(い)った *脚注参照
1840年*が暮れる頃に
あの娘の青い瞳が
サンタルシーアのお客に向かって輝くことはなくなった
ロサス将軍の軍楽隊は
ビダーラやシエロを歌いに戻って来なかった
雑貨屋の格子戸の中では
ジャスミンが嫉妬(やい)て泣いていた
マソルケーロの吟遊詩人は戻って来た
誰も居ない中庭で
川風に消されてしまう
悲しい最後のセレナーデを歌いに
“何処に居るんだ? 青い瞳をしたお嬢さん
私のものにはならなかった
どんなにギターが泣くことか!
サンタルシーアのギターが”
邦訳:大澤 寛
*この歌に歌われている時代背景はどういうものだったか?
スペインから独立して建国の時代(アルゼンチンの公式独立宣言は、1816年7月9日)。連邦主義派と中央集権主義派の争いの中、連邦主義派が勝利した19世紀前半のアルゼンチンでは、約30年ほどの間、中央政府不在の時代が続いた。当時のpulpería は雑貨屋でもあり居酒屋でもあった。連邦主義者も中央集権主義者もお客として同じ扱いを受けていただろう。歌詞に出て来る1840年末頃は激しい内戦状態にあった。この歌に歌われる雑貨屋の娘pulpera は多分連邦主義派(即ちRosas側)の吟遊詩人が好きだったのだろう。しかし激しい内戦で反対派(中央集権主義派)が優勢になった時に、心ならずもその反対派に属する吟遊詩人に連れ去られて行ったのではないだろうか。
同じテーマを歌ったワルツがある。
作詞Enrique Cadícamo 作曲 Juan Carlos Howardの 「Trovador Mazorquero」