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「Jacinto Chiclana」(ハシント・チクラーナ 人名)
Letra : Jorge Luis Borges (1899-1986) Música : Ástor Piazzolla (1924-92)
わたしは覚えています それはBalvanera でのことでした
遠い昔の或る夜 誰かが Jacinto Chiclana とかいう名前を口にしたことを
そして何やら 或る街角と ナイフを使った争いのことも話されていたことを
長い時が過ぎて その争いのことも ナイフが光ったことも
忘れ去られています
dejar caer : 口を滑らす・ふと漏らす
un tal : ~とか、そんな風な
何故この名前が わたしに取り憑いているのか 判りません
どんな男だったのか 知りたいものです
背が高く しゃきっとして そして真っ直ぐな心を持った男だと思います
声を荒らげることもなしに 生命を賭けることが出来るような
(以下の斜体部分はrecitado = 語り)
あの男のようにしっかりと 大地に足を下ろした人は 誰もいないでしょう
愛についても 戦いについても あの男ほどの人は 誰もいないでしょう
果物畑と 家の中庭と
そしてあの時の 名も無い街角でのあの男の思いがけない最期を
見下ろして Balvanera の塔が立っています
cualquier/ra : どこにでもあるような・名も無い
神様だけに判ることでしょう あの男の誠実さは
皆さん わたしは唄います あの男の名前に秘められたことを
いつも勇気を持つことです 希望を持つことは決して無駄ではありません
それではどうぞ
Jacinto Chiclana に捧げるこのミロンガを
laya:(文語) 性質、種類
cifrarse : 暗号化する・内に秘める
ハシント・チクラーナという人物像はガウチョを描いたものだろうか。文豪ボルヘス(Jorge Luis Borges 1899-1986)にはタンゴに関係する詩も多い。「Alguien dijo al tango」(誰かがタンゴに告げた)「A don Nicanor Paredes」(ニカノール・パレーデスに捧ぐ)「El títere」(操り人形)そして大作「El tango」など。
それらの詩の多くにピアソラ(Ástor Piazzolla 1924-1992)が曲を付けている。
邦訳:大澤 寛