大澤寛のタンゴ訳詞集

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    「¡Cómo nos cambia la vida!」(俺たちは変わったなあ)
    Letra : Marvil (Elizardo Martínez Vilas) (1902-76)
    Música : Roberto Rufino (1922-99)

    口紅(ルージュ)を落とせよ
    俺に跡が付かないように
    俺は辱めを受けて傷ついている
    その上に その口紅は毒なのだ

    来なよ 俺の傍に座れよ
    何故 髪を染めてるんだ?
    何故 アイシャドウを付けてるんだ?
    そんなに黒い瞳なのに

    愛が足りなかったのか?
    お前を絞め殺したいのだけど
    お前のうなじがあんまり白いので
    唇付(キス)してしまうことになる

    俺たちは変わったなあ
    ほら この鏡を見なよ
    お前は あの時俺が信じ切って
    祭壇に連れて行ったあの娘なんだ

    だがなあ 俺は何を言ってるんだ
    悪いのは俺だけなのに
    お前を貧しさから抜け出させて
    ここまで連れて来た

    上層(良い)階級(暮らし)はお前を悪くした
    あの見せかけの楽しさの全てが
    俺が拾い上げた花の
    純潔(こころ)を叩き壊したのだ

    何故 俺はお前の唇に近づくのだろう
    焼けるおき火みたいな唇に
    何故 俺はお前の唇に近づくのだろう
    火傷をするのが判ってるのに

    離れろ 俺の傍から離れろ
    お前の髪の毛の色を見ろよ
    お前の瞳の悲しみを見ろよ
    空の色より澄んでいた瞳の

    お前は俺の人生を壊した
    なあ もう判るだろ お前を殺さないように
    俺は眼を閉じて夢を見る
    昔のお前を見るんだ

    俺たちは変わったなあ
    ほら この鏡を見なよ
    お前は あの時俺が信じ切って
    祭壇に連れて行ったあの娘なんだ

    邦訳:大澤 寛

    匿名
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    「Con alma y vida」(身も心も)
    Letra : Héctor Marcó (1906-87)
    Música : Carlos Di Sarli (1903-60)

    皆さん 連れてきましたよ
    夜と月の衣装をつけた
    この美人(べっぴん)を通してください
    苦いマテ茶よりも生粋のミロンガです
    あの娘の唄に夢を見て
    母の白髪を思い出し
    私は旗を揚げましょう
    あの両の眼の蒼い隈
    そこに心を埋めるのです

    なんと心地よいことでしょう
    あの娘を愛し 感じ取り 唇付けするのは
    そして 裏切りの無い唇付けと 心も命も
    求めるあの口から洩れる 優しい声を聴くのは
    なんて綺麗なのでしょう ちゃきちゃきの私の下町娘(注1)は
    なんて素敵なのでしょう 愛することは

    皆さん お通りですよ 私の貴婦人が
    夜明けのように爽やかな
    その姿を見逃さないで下さい
    あの娘が気取って歩くとき
    私のギターが笑ったり泣いたりするのです
    マルティン・フィエロ(注2)のミロンガは
    私の街の紋章です
    唄うにつれ 愛するにつれ
    靴音立てて街を歩くとき
    私はあの娘の腕の中で生きるのです
    邦訳:大澤 寛

    (注1)criollo, criolla “ラテンアメリカ生まれの男・女”さらに“生粋の・ちゃきちゃきの”アルゼンチン人とかウルグアイ人という使い方をする。 地元の娘、“下町娘”と訳しておいた。
    (注2)José Hernández (1834-86) のガウチョを描いた作品と同名の主人公

    匿名
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    「Chiquilín de Bachín」 (recitado)

     このrecitado は、作曲者Ástor Piazzolla の夫人(当時)であったAmelita Baltar が歌うversion に付けられたもの。「Chiquilín de Bachín」 という作品がどのようにして生まれたか、その背景を窺い知ることが出来る。

    El cuento que ahora voy a cantarte
    pertenece a esa Buenos Aires un poco a contramano
    que se hace a la medianoche y se manda a mudar con la primera luz del día
    Puede ocurrir, ocurre, por igual en una fonda del bajo o en lugar de avenida Quintana
    Pero el músico y el poeta sintieron ¡la cosa! de esta canción en una vieja parrilla vecina
    del mercado del centro
    Porque allí, comiendo un bife, les nació una vez
    al descubrir en una punta del mantel de papel
    la carita silenciosa y desconcertante del que iba a ser el protagonista
    Era así uno de esos chicos de la noche que andan de la mesa en mesa
    ofreciendo flores con el fajo del billetes en un bolsillo y un no sé qué de pena
    antes de tiempo en los ojos y en el remiendo del fundillo
    Tratando de seguir el rastro fugitivo de este diminuto personaje trágico
    hicieron este valsecito con sabor a fábula porteña

    “私がこれからお話しするのは、真夜中になると生まれて、朝日が射してくると消えてしまう、ほんの少し昔のブエノスアイレスでのことなのです。 それは今も、下町の居酒屋でも、Quintana 通りの何処かでも起きるでしょうし、現に起きていることです。 ですけど、音楽家と詩人は、中央市場の近くの古い焼肉屋で、この歌の心を掴んだのです。

    そうです、焼き肉を食べながらこの歌が生まれたのは、安もののテーブルクロスの端っこの方に、これからこの歌の主人公になる男の子の、あの顔、黙りこくって困ったようなあの顔を見つけた時なのです。

    その子は、夜毎テーブルを廻って花を売り歩く少年のひとりなのでした。ポケットにはその日の売り上げのお札の束、そしてその目にも、つぎの当たったズボンにも、何と言ったらいいのでしょう、大人になる前に知ってしまった悲しみのようなものを一杯にした男の子。

    音楽家と詩人は、この悲しい小さな男の子の、すぐに消えてしまいそうな姿を追いかけようとして、この歌を、ブエノスアイレスのお伽噺のようなワルツを作りました”            (邦訳:大澤 寛)

    匿名
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    「Confeción」 (告白)
    Letra : Enrique Santos Discépolo + Luis César Amadori (1902-77)
    Música : Enrique Santos Discépolo (1901-51)

    お前に振られたのは
    俺が念入りに仕組んだことさ
    お前を助けるためだけだった
    今お前は俺を憎んでるさ
    それでいいんだ 俺は
    何処かに引っ込んで お前を思って泣くんだ
    お前が持つ俺の思い出は ひどいもんだろうな
    俺は何時もお前を殴る悪党だろう
    よく判ってはくれないだろうな
    お前の優しい愛に対して
    俺がこんな風にしたのは
    どんなに優しい気持からだったか

    お前は俺の人生の太陽!
    そして俺はあぶれ者だった
    俺は 墜ちて行くのに 
    お前を傍に置きたくなかった
    それほど それほど お前を愛していたんだ
    お前を助けようと 転げまわっていた時に
    俺に出来たのは ただひとつ
    お前に俺を憎ませることだった

    ひどく惨めな1年が過ぎて
    今日 お前が通りがかるのを見たぜ
    声をかけないように 俺は唇を噛みしめた
    お前は太陽のように綺麗だったな
    人が立ち止まってお前を見てたぜ
    お前を傍に置いてこんな風にさせている奴が
    お前に相応(ふさわ)しい奴かどうかは判らんが
    ただひとつ判るのは 俺がお前に
    残酷で惨めな思いをさせたのが
    正しかったと言うことさ
    女王さんみたいになったお前が
    俺から遠く離れて 良い暮らしをするのが
    判ったからな
    邦訳:大澤 寛

     Discépolo の詩にはひねった難解なものが多いのだが、Luis César Amadori との共作には判り易いものがある。
    例:「Desencanto」 (1937)

    匿名
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    「Confidencias」(打ち明け話)
    Letra y música : Chabeba Durán (n/d)

    長いこと 影の中で暮らしている
    まともな生活(くらし)もしないで 彷徨いながら
    お前は傍に居ないけれど
    幾夜も お前の夢を見る

    こんなに長くお前が居ないので
    俺は 泣き疲れ打ちひしがれて
    ひたすら歩いた あてども無く

    星も 海も 月も
    心を動かしてくれずに
    黙って 俺を見下(みくだ)していた
    俺の誇りをないがしろにして
    暗闇の中で 美しいCocuyo*の              *Cocuyo :(昆虫)ホタルコメツキ 
    澄んだ光りだけが 俺の話し相手
    俺の嘆きを聞いてくれて
    俺と一緒に泣いてくれた

    邦訳:大澤 寛

     

    匿名
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    「Convencernos」(自信を持つことだ)
    Letra y música : Eladia Blázquez (1931-2005) + Chico Navarro (1933-)

    確信することだ 自分たちには出来るのだと
    金はあると 知識はあり余っていると
    心を決めるのだ 自分たちの領域で
    大きいものを目指すのだ 決して小さなものではなく

    確信することだ 信仰を捨てないで
    自信のある者が勝つのだし 人を味方に出来るのだから
    自分のものにしてはいけない 誤った恥辱(はじ)の感覚を
    知ることだ 自分たちが持つ味覚(あじわい)を

    そして我々自身になることだ 少なくとも一度は
    他人の色合いを取り去って
    取り戻すのだ 自主性(じぶん)を
    足を地に付けるのだ
    育って行くのだ 成熟出来るまで
    そして我々自身になることだ 少なくとも一度は
    完全な我々 充分な我々 そうでなければならないのだ

    確信することだ 或る日本当に
    善きものは何もかも 外からはやって来ないのだと
    我々自身が型と方法を持っているのだと
    全てをそれに賭けねばならないのだと

    確信することだ 力と勇気を持って
    時が来ていると 我々自身の装いをする時が
    いつまでも我々自身であることだ そしてその力で
    確信することだ そのことで人を説得することだ

    そして我々自身になることだ 少なくとも一度は
    他人の色合いを取り去って
    取り戻すのだ 自主性(じぶん)を
    足を地に付けるのだ
    育って行くのだ 成熟出来るまで
    そして我々自身になることだ 少なくとも一度は
    完全な我々に 充分な我々に そうでなければならないのだ

    我々はなりたい 時には
    これから後の我々に
    そして君も そして君も
    そして君も 我々と一緒に来るのだ
    現実と言うものは 本当に
    我々が 我々自身になろうとすることだ
    そして君も そして君も
    そして君も 我々と一緒に居るのだ
    他の誰でもなく 我々と一緒にだ そうでなければならないのだ 
    (原詩はtodotangoから)
     邦訳:大澤 寛(060217)

    匿名
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    「Copa de ajenjo」(アブサンの杯)
    Letra : Carlos Pesce (1901-75)
    Música : Juan Canaro (1892-1977)

    仲間だろ タンゴよ 唄ってくれよ
    唄ってくれよ 俺は唄いたいのだから
    今夜 俺はあの娘を待っている
    だけど あの娘がやって来ないのは判っているのだ
    そして このアブサンのグラスに
    空しく 俺の悩みを閉じ込めようとしているのだ
    仲間だろ タンゴよ 唄ってくれよ
    唄ってくれよ 俺は泣きたいのだから

    あの娘をこれほど愛して 
    あの娘の魅力にとり憑かれていると思うと
    今日の俺は誇りを捨てたのだ
    忘却のグラスに あの娘の幸せを求めている
    哀れな酔っ払いなのだ
    運命は悪戯をするものだ 
    一人の女に愛されたと 俺の心に刻み込んでいる
    あの娘が戻ってくるかどうか判るものか
    だけど俺はあの娘を待つのだ

    仲間だろ タンゴよ 唄ってくれよ
    想い出のように
    俺が泣いたら それはあの娘を愛しているからだ
    心がそうさせるのさ
    アブサンをもう一杯くれよ
    俺が飲みたくなっても 誰にも構うものか
    今夜 俺はあの娘を待っている
    そして あの娘がやって来ないのは判っているのだ

    邦訳:大澤 寛

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    「Copetín, vos sos mi hermano」(小さなグラスよ、お前は俺の兄弟だ)
    Letra : Diego Flores (1893-1945)
    Música : Andrés R.Domenech (n/d)
    小さなグラスよ お前は俺の兄弟だ
    お前は俺に忘れさせてくれる 
    あの夢見るような瞳を 
    涙を浮かべながらあの瞳は俺を裏切った
    あの娘の苦労は嘘だったのだ
    俺は信じていた あの娘(こ)は
    俺が夢見ていたような娘だと
    あの娘は 俺の数多(あまた)の悲しみの中での喜び
    俺の数多の弱点(よわみ)の中での値打ちもの
    だから俺は あの娘に心を捧げた

    或る晩 親友(なかま)の一人が来て俺に告げた
    “あの娘は信用できないぞ”と
    俺はわが身の不幸せを思いつつ
    その友に礼を言った
    そして苦い杯を飲み干した

    俺はあの娘に言い寄る渡り鳥
    あの娘を盛り場の女王にした
    あの娘を殺したい気持ちで
    忘れようという願い
    小さなグラスはそれを紛らわせてくれた
    しかし人生は公正なものだ 
    俺はあの娘が落ちぶれて
    俺みたいに 悲しく泣きながら 
    女の誇りを引き摺っているのを
    見ることになる

    俺は独りで 納得して生きている
    もし愛を求めたら 俺の愛の巣は
    酒のグラスが残した窪みの中に
    あるだろうと                        邦訳:大澤 寛
    (copetin はカクテル・グラス、リキュール・グラス  ここでは“小さなグラス”として置いた)

    匿名
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    「Cosas de borracho」(酔っ払いの言い草)
    Letra y música : Ubaldo Martínez (n/d)

    もし俺さまが議員なら
    こんな法令を認めよう
    酒好きに敬意を払うべし
    人はみな週に六日は二日酔い
    いつも正しくビールを注いで*
    粗相(こぼしたり)してはいけないぞ*
    そして残った一日は
    寝床(ベッド)に酒(ワイン)を運ぶのだ
    *tirar は「ル」でビールを樽から直接グラスに次ぐこと
    *macana は「ル」でここでは“まずいこと・失敗すること”
    この法令の別の章では
    ミルク屋なんかは閉鎖させ
    警察署なども閉めさせて
    お巡りさんには休暇を与え
    その上更にこの法令に
    神の授けた恵みの深さは
    “酒を売るのに免許は要らぬ”

    地図の上からミルクも水も
    消してしまったその後は
    店では必ず酒にはおまけを
    ジャガイモよりはブドウの種蒔き
    夜空の星がワインの色に
    家々がみな居酒屋に
    街角に立つ郵便ポストが
    みんな酒瓶型になったら
    こんなに良いことはないだろう

    (邦訳:大澤 寛)

    匿名
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    「Cosas olvidadas」 (忘れられたことども)
    Letra : José María Contursi (1911-72)
    Música : Antonio Rodio (1904-80)

    長い 長い時が過ぎて
    今になってようやく 再たお前と話が出来る
    お前の声が聴けるとは 何と素晴らしいことだろう
    昨日のことみたいだ
    判るな 俺はずっと歳をとった お前は あれほど
    あれほど俺を愛したあの頃と変わらないけど
    もう何も残ってない 何もかも去(い)ってしまった

    忘れてしまったことだよ
    あの昔の愛の出来ごとは
    良かった日々を思い出すと
    俺たちの目は濡れて来る
    忘れてしまったことだよ
    色褪せて戻って来るのは
    そして俺たちの孤独な暮らしの中で
    心の傷を広げるのは

    今のお前の声には
    苦しみと憂鬱(うれい)が悲しく響く
    その声の魔力に
    俺の心は泣くまいと努める
    俺たちは 二人共 傷ついたのだよ
    失った時を呼び戻そうとして
    そして心は 思い出すことの悲しみに
    扉を開いたのだ

    邦訳:大澤 寛

    匿名
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    「Cotorrita de la suerte」 (オウムのお告げ)
    Letra : José De Grandis(1888-1932) Música : Alfredo De Franco (1909-n/d)

    cotorra がオウム、インコのことでcotorritaはその縮小辞・愛称。
    cotorrita de la suerte : 名曲 「Organito de la tarde」 に歌われる手回しオルガンが町角を流して歩いた時代(1800年代の末頃から)に、そのオルガン弾きが収入を増やす工夫として、客の求めに応じてよく飼い慣らしたオウムに御神籤のようなカードを箱から咥え出させたもの。女性の客には赤い色のカードを、男性客には青色のカードを渡した。カードには 「間も無く運命の人に巡り合う」 とか 「金髪の女の子が秘かに貴方を慕っている」 とか 「宝くじに当たる」などの予言が書かれていた。
    (Diccionario del lunfardo p-346&347から)

    働き者の女の子 夜にあんなに咳をする
    咳こんで 悪い予感に怯えてる
    命が残り少ないと 
    若く優しい心から その苦しみは離れない
    働き者の女の子 ふざけてはしゃぐ女の子
    だから明るい家の中
    長いこと 苦しみながら生きている
    自分の悲しい運命に 出口が無いのを知っている

    呼び売り男の声がする
    “オウムのお告げだ 生きるか死ぬか”
    “みなさん試してみませんか?”
    女の子は躊躇っている
    悪い辻占が出ないかと
    そしてオウムは引き出した
    赤いカードを引き出した

    カードを読む眼は輝いた
    約束された幸運に
    声を震わせ楽しそうに 「恋人が来る 長生きする」
    泣きそうになるのを我慢した
    その日から 時の歩みは遅くなり
    やきもきしながら恋人が 現れるのを待っていた
    その女の子は死んだ午後 母親に悲しそうに訊ねた
    “来なかった?”
    邦訳:大澤 寛

    匿名
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    「Criollita, decí que sí」(“はい”と言ってよ お嬢さん)
    Letra : Alfredo Le Pera (1904-35)         Música : Carlos Gardel (1890-35)

    “はい”と言ってよ お嬢さん
    “はい”と言ってよ お嬢さん
    もう星が照らしてくれません
    私の愛するあなたの瞳が
    私に輝いてくれないから
    空の欠片(かけら)をひとつだけ
    それが私の気まぐれな幸せ
    そして 
    あなたの瞳にわたしを結わえた
    あの髪の毛のひと房を
    宝物(たからもの)みたいに大切に
    隠して持っているのです

    何も言わないで お嬢さん 
    何も言わないで お嬢さん
    風に向かって私が嘆いても
    それは私の胸に 悩みが
    彫り込まれているのだから
    私にくれたね 小さな花を
    そして私はあなたから
    唇(キス)を奪ったのだった
    あなたは決して知ることはない お嬢さん
    どれほど私を傷つけたかを
    私が奪い あなたが失くした
    あの昼下がりの唇付(くちづけ)けで

    “駄目”と言ってよ お嬢さん
    “駄目”と言ってよ お嬢さん
    私は苦しくて死にそうだ
    何故なら あなたの唇付(くちづけ)けが
    私の思いに火を付けたから
    これから 私は持つことになる
    私の胸で絡み合う 二つの悩みを
    私の心はぼろぼろになり
    嘆き続けて行くだろう
    冷たくされると死にたくなるし
    愛されたら燃え尽きてしまうのだから

    邦訳:大澤 寛

    Mechón : mechón de pelo髪の毛の房
    Maltrecho/a : 散々な目に逢わされた・ぼろぼろにされた・虐待された
    Desdén :menosprecio // indiferencia // desaire, ofensa

    匿名
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    「Cristal」(硝子)
    Letra : José María Contursi (1911-72)
    Música : Mariano Mores (1918-2016)

    俺の心はずたずたに
    今日この日 俺の願いは砕かれて
    来る夜も来る夜も眠られず
    俺の心の この焦躁(いらだち)は
    何年も 何年もの年が過ぎて
    髪も人生(くらし)も灰色に
    俺は狂って 死んだように 打ちひしがれて
    気持ちは 青春の日々に繋がれて

    お前との愛は ガラスより脆かったのだ
    ガラスのようなお前の心 眼差し 微笑み
    お前の夢と 俺の声 そして二人はおずおずと
    バルコニーでやさしく震えていた
    俺に今判るのは 何もかも失われたことだけだ
    俺が留守にした あの午後に
    俺は決して帰らない!自分でよく判るさ もう決して!
    多分お前は 神と共に天国に居る俺を見るだろう

    俺には全てが終わったのだ
    俺には全てが忘却になった
    俺が生きた惨めな時間(とき)は
    俺に残した 惨い教訓(おしえ)を
    何年も 何年もの年が過ぎて
    髪も人生(くらし)も灰色に
    俺は狂って 死んだように 打ちひしがれて
    気持ちは 青春の日々に繋がれて

    邦訳:大澤 寛

    匿名
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    「Cualquier cosa」 (何もかも)(どんなことも)
    Letra y música : Herminia Velich (1909-56) + Juan Velich (1884-1951)
    お前のすることは何もかも
    お前の性悪さに腹を立てさせて 
    真っ当な男を憂鬱*にさせることに
    なったんだ
    お前がしたことで 俺には判ったぜ
    俺に笑いかけたお前の愛には
    別の目的があると
    思っていたんだ
    *splín= esplín (古語)憂鬱・厭世的な気分=melancolía
    狂ったお前
    残酷な 悪意のある心の
    お前の小ずるい一刺しで
    俺は幸せを全て失くしたんだ
    まさか
    しつこく考えてはいないだろうな
    俺には何の魅力も無い
    窓枠の花*になろうなんて
        *flor de cerco の cercoは窓枠・囲い・フェンダーなどの意だが、ここでは女が自分の考え方の中に頑固に閉じこもっ
    ている=囲いの中の女には男は手を触れることはできない=従って魅力・興味はないということの暗喩らしい。 
    女の頑固な考えとは多分お金や宝石を求めること=まともな家庭を作れないことであり、それを変えさせるとは出来
    ないと男は気付かされたというスト―リーだろう。
    海と空とを綯い交ぜにした
    お前の美しいみどりの瞳は
    俺の心を苦しめる
    悲しみを残した
    戻って来ようなんて決して考えるなよ
    お前は出て行ったんだから
    お前が俺に残した傷は
    許されるものじゃないんだから
    邦訳:大澤 寛

    splín = esplín (古語)憂鬱・厭世的な気分 melancolia
    tomar(se) a pecho =~に執心する、~に腹を立てる、~を気にする
            No tomes a pecho esa broma
    ¿Quién (lo) diría? ¿Qué me dices? なんだって? まさか!
    terco = (けなして)頑固な・強情な
    flor de + 名詞 = (南米)1. 素晴らしい  2. ひどい
    cerco = 多義あり 3.ドアのかまち、窓枠、フェンダー
    “¡Dios quiera!” 1.(不信)さあ、どうだか  2.(que + 接続法)=ojalá どうか~しますように

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    「Cuando era mía mi vieja」(お袋の居た頃)
    Letra : Juan Bernardo Tiggi (1911-78)
    Música : Pascual Mamone (1927-)

    小母さん 放っといてくれよ
    そんなに胡散臭そうに俺を見ないで
    お宅の前で 長いこと立ち止まってるからって

    あんたを見てると 俺には
    その飾り格子の中に 俺のお袋が居るように見える
    この家は俺の家だったんだよ
    お袋が俺のものだった頃は

    町も変わるなあ
    俺は今 遠いところから戻って来てみると
    この町で たったひとつ変わってないのは
    俺のお袋のこの家なんだ
    鉄の格子戸さえも その中から
    お袋が話しかけて来るような気がする
    あんたには胡散臭そうに見られ お宅の犬は
    俺を追っ払おうと吠える

    あんたには胡散臭そうに見られ お宅の犬は
    俺を追っ払おうと吠える

    小母さん 判ってくれよ
    この町では 今じゃ俺は他所者だよ
    だけど あの頃はこの町に住んでた
    とても昔のことだけど
    あの頃は お袋が家に居て
    ここの家は全部 俺のものだったんだ
    何故ならお袋は 俺のものだったんだから 

    邦訳:大澤 寛
    長い放浪から故郷の町に戻ってきた男。親たちと暮らした家は他人のものになっている。母親の姿はもちろん無い。このテーマもまたタンゴには多い。「San José de Flores」など。

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