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「El choclo」(1946)
Letra : Enrique Santos Discépolo (1901-51)
Música: Ángel Gregorio Villordo (1861-1919)

嘲笑(からか)うような 不良っぽい このタンゴが
俺が住む場末の町から 飛び出そうとする野心に
2枚の羽を付けてくれた 
タンゴってものは このタンゴから生まれたのだ
叫ぶように この汚ない場末の泥濘(ぬかるみ)から 
空の高みを求めて 飛び立った
愛をリズムに変えた 不思議な呪文が
ひたすら希望だけに縋(すが)って 道を開いてくれた
怒りと 苦しみと 信仰と不在の混じり合いが
ふざけたリズムの 無邪気さの中で泣きながら

タンゴよ お前の禍々(まがまが)しい調子が奇跡となって
それとは知らずに 娘も女も生まれて来たのだ
水溜まりの月 腰を揺らしたカンジェンゲの踊り
愛し方には 激しい渇望(かわき) 

なあタンゴよ お前を呼ぶと
踊りで敷石が揺れるのが判る
昔の俺の繰りごとが聞こえる
今はもうお袋は居ないけれど
俺に唇(くち)付けをしに爪先歩きで
来て呉れそうな気持ちになる
バンドネオンの音色に合わせ
お前の歌が生まれる時に

カランカンフンファ*は        *タンゴの下町風の踊り それを上手く踊る人を指す仇名
タンゴの旗を掲げて海に向かった
そしてペルノー*の中で        *流行していたアプサン酒 製造元の名前がそのまま酒の名前
パリとプエンテ・アルシーナをかき混ぜた
タンゴよ お前は女たらしや娼婦の従兄弟*     *compadre や comadre には別の意味もある
その上 金持ち気どりの男や 金が目当ての娘の仲間
お前のために タンゴよ 気取り屋も タレこみ屋も
仕事もしないあぶれ者も 貧乏人も
お前の運命と一緒に 産声を上げた
安アパート*1で 俺の心で燃え盛った
割烹着の女*2と 安酒*3と 刃物の傷*4と
ナイフのミサ
(*1 conventillo)初期の移民たちが暮した集合住宅。
(*2 falda)基本的な意味はスカートだが、ここでは貧しい女性たちが身に付けた襞など装飾性の無いスカートを指すのだろう。faldaにはスカートの他に“女性の膝”、複数形faldas は“女性”を意味する。
(*3 querosén) 灯油のことだが、ルンファルドでは最低の品質の・酔うためだけのアルコール飲料のこと。ワインを指すこともある。
(*4 cana) 白髪のことだが(“Milonga que peina canas”)ルンファルドでは様々な意味に使われる。警官、監獄、警察
署、タレこみ屋など。ここでは喧嘩などでの刃物による傷。

邦訳:大澤 寛

 現在は殆んどの歌手がこのDiscépolo 作詞のものを歌うが、Discépolo に先立って1930年にマランビオ・カタン (Juan Carlos Marambio Catán 1895-1973) が作詞した別の歌詞がある。作曲者Ángel Villordo (1861-1919) の遺族で相続人であるIrene Villordo de Corona の要請でMarambio Catán が作詞したもの。
ディセポロ(Enrique Santos Discépolo 1901-51) がこの歌詞を作詞したのは歌手のラマルケ (Libertad Lamarque 1909-2000) の要請によるもの。1947年にメキシコで上映された映画「Gran Casino」の中で歌うためだった。既に1930年に作詩をしていたマランビオ・カタンとの間に煩雑な係争が生じた。仲介する人物(アルフレド・ペロッティ Alfredo Perroti 1893-1970)があって1947年4月23日に解決に至る。これによりラマルケはディセポロ作詞のEl chocloを映画で歌うことが可能になった。(以上はJosé Gobelloの「Letras de Tango, Selección 1897-1981 p/280 から」

 ディセポロはこの歌詞で何を語ろうとしたのだろうか?
タンゴの誕生。汚ない下町。ヨーロッパからの移民の下層階級の人々の暮らし。そこから抜け出したいという願望。そしてタンゴがヨーロッパに伝わったことを“パリとプエンテ・アルシーナをかき混ぜた”という言い方で表している。そしてタンゴがイメージとして持つ本質的なものとは、やはり安アパート(上記*1) 、割烹着の女たち (同*2)、安酒(同*3)、刃物の傷(同*4) そしてナイフだということなのだろう。

Burlon/na : からかうような・人を侮った・ふざけた  おどけ者・冗談好き
Compadre : よたもの・やくざ者
Sordido : 不潔な・汚ない・むさ苦しい
Barrial : (ラ米)沼地・ぬかるみ
Conjuro : 懇願・嘆願、まじない・呪文、悪魔払い・悪魔よけ
Rabia : 激しい怒り・激怒・憤怒、  狂犬病
Agorerro : 縁起の悪い・不吉な・凶兆の  ave agorero
Paica: (ル)muchacha/mujer joven, concubine,
Grela : (ル)mujer/mujer joven, mina
Charco : 水たまり
Fiero : 獰猛な・野生の、猛々しい・恐ろしい、残忍な・冷酷な (pl.)虚勢・空威張り
Puntas de pie : 爪先、bailar de puntas つま先で踊る
Puntapié : つま先蹴り・つま先による一撃
Gavión :(ル)conquistador de mujeres
Bacán : (ル)hombre antonomásticamente, dueño de mujer, a la que explota,
hombre rico, pudiente
Tajo : puñalada, cuchillada, herida de arma blanca, civatriz que queda en una herida de ese tipo
Querosén : (ル)安酒、質の悪いワイン