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「Dios te salve, m’hijo」 (神様がお前を助け給うように 息子よ) 1933
Letra : Luis Acosta García (1895-1933) Música : Agustín Magaldi (1898-1938)

その小さな村には 余所者が大勢集まっていた
村の親分(ボス)(*1)たちは ひどく大げさな身振りで
選挙に勝つために 村人たちに演説をしていた
金のため 食い物(*2)のため 票を入れないと殺されるぞと

反対派が行進して来たとき
一人の村人が “万歳” と叫んで 親分の名を呼んだ
たちまち反対派の男たちが 叫んだ男の身体に
ナイフの雨を降らせた

老人が一人 ゆっくりと 黒い帽子をとって
倒れた男の 未だ暖かい足を伸ばしてやり
心を籠めて唇付けをして 指にはキリスト像のお守り(*3)を握らせた
そして涙を流しながら 呟いた

“可哀そうな息子よ 信じられんことだな 気高く勇敢に
ひとつの信条(かんがえ)に命を投げ出すとはな
怒るなよ 息子よ お前にはあんなに何度も言ったぞ
偉い人やご主人の言うことに口を挟むんじゃないと”

“寒いな 寒いだろう? 息子よ” (もう硬直が始まっている*4)
このポンチョを着ろよ いつまでも持っていろよ
あの同じパンパ(*5)のポンチョだよ お前は子供で
揺り籠の中にいたとき 何度も 息子よ 何度もお前を包んだ” 

“俺(わし)はこれから墓へ行って お前のお祖母さん(*6)の傍に
俺のナイフと 俺の爪で 墓を掘ろう
そして 哀れな母さんには 哀れな母さんには
お前は行ってしまったけど すぐに帰ると言おう”

真夜中に 老人は貧しい家に帰りついた
そして女房(つれあい)を抱きしめて ひどく誤魔化しながら
優しく言った “お前の可愛い息子(*7)は 遠くへ行ったよ
牛追い(*8)の仲間に入ったんだ あのポンチョを渡したら 俺にキスしたよ”

“なあ 母さんよ 息子の旅はどうやら長いから 念の為に
蝋燭を何本か灯してやってくれ 念の為さ それだけだよ
神様に 息子を見捨てないでと 膝まずいて祈ってやれ
そして 灯りと平安を求める魂のために嘆願(おねがい)するのだよ”

邦訳:大澤 寛

歌詞は1930年に作られていたとされる。1933年5月のAgustín Magaldi のビクター録音がこの歌を流行させたもの。
時代背景は1929年の世界大恐慌の影響を受けた不景気の時期。アルゼンチンで始めて(そして南米で初めて)選挙で選ばれた大統領イポリト・イリゴージェン(Hipólito Yrigoyen 1916-22 と1928-30の2度大統領に就任)が2度目の政権途中の1930年に軍のクーデターで解任されて、ウリブール将軍(José Félix Uriburu 1932年死亡)による軍政が始まった。Yrigoyenの政治手法は民主的ではなく、地方選挙で反対党が勝つとその選挙を無効にしたりした。
そんな時代の“乱暴な”地方議会選挙を描いたのがこの歌である。第1連から第3連までが情景描写で、それから後は息子を殺された老人の独白なのだが、このモノローグが聴きどころ。

(*1) caudillo 親分と訳しておいたが、国や地方の政治に勢力を持つボス。とくに地方ボス。
(*2) tumba はルンファルドでcomida (食べ物)のこと
(*3) 木製または金属製の小さなキリスト像。祈りの時や瀕死の病人の手に握らせたりする。
(*4) ここは(もう暗くなってきたな Ya se está poniendo oscuro)と歌うヴァージョンもある。原詩もこの部分は()で括られている
(*5) poncho pampa は原住民が織る肩に斜めにはおるコートのようなもの
(*6) “お爺さん”の傍にと歌う歌手もいる
(*7) cachorro は動物の仔。とくに仔犬を指すことが多いが、学校・大学などでも新入生をからかったり愛称でこう呼ぶ
(*8) tropa は移動中の家畜の群れ

tumba : comida
poncho pampa : poncho confeccionado por los indios pampas sobre telares oblicuos
tropa : conjunto de vacunos que los reseros conducen de un sitio a otro

¡Quién (lo) diría! 信じられない!
por las dudas : (南米)念の為・万一のため