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「Vieja Recova」(昔のRecova界隈)(注)
Letra : Enrique Cadícamo (1900-99)
Música : Rodolfo Sciammarella* (1907-92)

            *Sciamarella と綴られることも多い。Horacio Ferrer 「El libro del tango」Horacio Salas「El tango, una guía definitiva」など。

(注)よくタンゴの歌詞に出てくるla Recova, la Vieja Recova の Recova とは、スペイン植民地時代の初代ラ・プラタ副王Pedro de Ceballos(在位1776-78)の末期から2代目副王 Juan José de Vertiz y Salcedo(在位1778-84)の初期に立案され、長い検討・準備期間を経てようやく1802年に8代目副王である Joaquín del Pino(在位1801-04)が認可して建築が開始されたという2階建てのイスラム風の建物とその界隈のことを言う。Recova は大文字で表記されることが多い。

建物は1階が日用品店(いわゆるabasto)、2階が住居。場所は現在のPlaza de Mayo 通りのコロン劇場 (Teatro Colón) の近くだった。
 老朽化が進んだことと、1816年独立後は植民地時代の名残が嫌われたこともあり、長かった建築準備期間に較べて、取り壊しは短時日で行われた。検討・準備に26年間、1802年に9ヶ月かけて竣工、その後83年続いた寿命を1885年に僅か5日間で取り壊されたという。このRecova によってPlaza de Mayo が二分されて La Plazoleta del Fuerte と Plaza Victoria となった。これら二つの広場は Recova のアーケードで繋がれていた。1885年のRecova 取り壊しによって二つの広場が再び合体して現在のPlaza de Mayo となる。

先だっての晩 俺は酔ったように歩いていた
歩道を伝いながら 大股で 
独り寂しく ゆっくりと そのときZurda*の店の傍で
ふと感じた痛みの穂先 俺の心を切り刻もうとする裏切りの痛み
物乞いの女がひとり近寄ってきた 
襤褸を纏って不幸を嘆きながら
その老いた女の物乞いに 小銭を渡そうとしたとき
その女が恥じて手で顔を覆うのが見えた
*la Zurda というのは多分酒場(の女主人)の名前だろう

昔のRecova
その女が暮らした街の角
そこで出会ったのだ 独りぼっちで 身を持ち崩したその女に
絵に描いたような運命の出会い
不幸が
その女に手ひどいカードを切って
お手玉遊びも もう終わり
老いに痛めつけられた その女
“昔のRecovaよ 判るか 俺がどれほど苦しんだか!”

俺は その女が若い頃 夢を紡いでいたのを知っている
贅沢な暮らしと シャンパンに酔う夢を
“可哀相に!”その女の行く末は誰に判るだろう
今は惨めな施しで生きるのを恥じている
昔のRecovaよ 俺はその女の傍から離れた “考えても見てくれ!"
昔仲良くした女からだ “何という苦しみだったか!”
昨日まで派手だったものが 今日は只のぼろ屑になっている
しつこく泪が出るのを 俺は隠せなかった

邦訳:大澤 寛