ライブレポート「BARRIO SHINO四重奏団を聴く」

BARRIO SHINOタンゴ四重奏団を聴く

 

 「日本とアルゼンチンの外交樹立から120周年の今年、ブエノスアイレスで生まれた正統派のタンゴ四重奏団“Barrio Shino”」と銘打ったクアルテートのライブが2018年8月10日雑司ヶ谷の「エル・チョクロ」で開催された。

この四重奏団はブエノスアイレスの Escuela de Tango に留学し、その侭現地で活躍しているピアニストの大長志野が自ら主宰する “Barrio Shino”というコンフントで、ピアノはバンマスというかマエストラの大長志野、バイオリンは長くスペインで活躍した後ブエノスアイレスに戻った Luis Alberto Simo 、バンドネオンはフリオ・パネやフェデリコ・ペレイロに師事した Bruno Ludueña、コントラバスはエスクエラ・デ・タンゴで講師を務める Patrício Cotella の4名で構成されている。

演奏は “Yuyo verde” から始まり、途中でゲスト歌手の KaZZma が参加、普段器楽演奏で歌われることの少ないオスバルド・プグリエーセの “Recuerdo” と “Barrio de tango” を朗々と歌い上げた。

チラシには「正統派タンゴ四重奏団」と書いてあったが、だからといって古典こちこちの演奏ではなく、曲の解釈は現代的で編曲もかなり凝っていた感があった。例えば6曲目の “El amanecer” などは出だしを聴いただけでは何の曲か直ぐには分からないような趣を呈していた。

7曲終わった処で暫し休憩し、後半は “Comme il faut” で始まり、10曲目には大長志野自作の “Milonga de la humedada” が披露されたが、その作曲の由来を大長自身が説明した処によると、大長の住んでいたアパートで壁に湿気のため出てきた模様を見て思いついたとかである。つまり、この曲には邦題はないが差し詰め“湿気のミロンガ”とでも言うのであろうか。トークも中々面白いピアニストであった。KaZZma は第2部でも “Garúa” や ”El día que me quieras” など聴きごたえのある歌唱を披露した。

第2部が終わって“オートラ”の掛け声が掛かった時、何と聴衆の一人として来ていたバンドネオン奏者の北村聡が呼び出され、ブルーノ・ルドゥエニャと並んで最後の曲 “La cumparsita” を演奏した。北村はよく「エル・チョクロ」に演奏者としてではなく、他人の演奏を聴きに来ているのを見かけているが、大変な勉強家であることが分る。本人も「聴くのが好きなので」と言っているが、演奏活動で忙しい中でもこうして「ナマをキク」ことの大切さを体現している様子が伺われた。

この日のライブはバリオ・シノの日本での最終公演であったが、なお翌日の8月11日には同じ「エル・チョクロ」でワークショップを開催するとのことで、日本の若手演奏家の育成にも力を貸してくれているようであった。

なお、この“バリオ・シノ”の日本ツアーでは嘗て亜国に在住され、多くの日本人タンゴ留学生を支援し、今なおその人たちの演奏活動に協力して居られる日本タンゴアカデミーの土方孝人氏の後援があったればこそと思われる。中々日本では知名度の高くない現地の演奏家を大手プロモーターの力なしに招聘かつライブやコンサートを実現させるのは極めて難しい状況の昨今、小規模ながらも満席のライブを実現できたのは誠に嬉しい一日であった。

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